BtoBビジネスにおける購買プロセスの大半は、マーケティング担当者が追跡できない「見えない場所」で進行しています。従来のリード獲得手法だけでは成果が出にくくなっている現状において、日本特有の商習慣を考慮した新たなアプローチが求められています。本記事では、ダークソーシャルの実態と、それを踏まえた需要創出(デマンドクリエーション)への転換について解説します。

多くの日本企業では、マーケティング部門の主要なKPIとして「リード獲得数(MQL)」が設定されています。しかし、このリード獲得至上主義は、現在のBtoB購買プロセスにおいて限界を迎えつつあります。
これまでのBtoBマーケティングでは、ホワイトペーパーのダウンロードやウェビナーへの参加を促し、見込み客の連絡先情報を獲得する手法が主流でした。しかし、これらの接点で得られるリードの大半は「情報収集段階」に過ぎず、直近での購買意欲は高くありません。
営業部門に大量のリードを引き渡しても、実際にはアポイントメントや商談に繋がらないケースが頻発しています。結果として、マーケティング部門は「数を追う」ことに終始し、営業部門は「質の低いリードばかりだ」と不満を抱くという、部門間の対立構造を生み出す原因となっています。
BtoBの購買担当者は、営業担当者に接触する前に、自力で情報収集を行い、ある程度の選定を済ませるようになっています。企業のウェブサイトや比較サイト、口コミなどを通じて十分な情報を得られるため、初期段階で営業担当者と接触するメリットが薄れているのです。
このような状況下で、無理に連絡先を獲得し、早期に営業アプローチをかけても、見込み客にとっては「押し売り」と受け取られかねません。顧客の購買プロセスに寄り添わないアプローチは、かえってブランドイメージを損なうリスクを孕んでいます。
マーケティングツールで追跡できない「見えない場所」での情報共有や意思決定プロセスを「ダークソーシャル」と呼びます。日本のBtoB市場において、このダークソーシャルはどのような形で現れているのでしょうか。
日本企業におけるダークソーシャルは、主に社内コミュニケーションツール(SlackやTeamsなど)でのURL共有や、社内勉強会での情報交換、あるいは経営層同士のクローズドな会合やコミュニティでの情報共有として現れます。
これらのチャネルで共有される情報は、アクセス解析ツールでは「Direct(直接流入)」や「参照元なし」として記録されるため、マーケティング部門はその出所を正確に把握することができません。しかし、実際にはこうしたクローズドな場での推奨や評判が、製品選定において極めて重要な役割を果たしています。
日本企業特有の「稟議制度」や「根回し」の文化も、ダークソーシャルの影響力を強める要因です。決裁に至るまでに多数の関係者が関与するため、公式な提案の前に、社内外の信頼できるネットワークを通じて評判や実績が確認されます。
このプロセスにおいて、既存顧客からの紹介や、業界内での口コミといった「追跡不可能な情報」が、稟議を通すための強力な後押しとなります。マーケティング担当者が把握できないところで、すでに勝負が始まっていると言っても過言ではありません。
ダークソーシャルの影響力が高まる中、企業は「需要を刈り取る」アプローチから、顧客の心の中に自社のポジションを築き「需要そのものを生み出す」アプローチへと転換する必要があります。これがデマンドクリエーション(需要創出)の考え方です。

顧客獲得単価(CPA)を追及する刈り取り型の広告運用は、すでに顕在化している需要を奪い合う競争であり、長期的にはコストが高騰し疲弊を招きます。これからのマーケティングは、顧客が課題を認識した際に真っ先に自社を思い浮かべてもらう「第一想起(純粋想起)」の獲得を目指すべきです。
そのためには、専門家としての知見を活かした「お役立ちコンテンツ」を継続的に発信することが不可欠です。顧客の業務上の課題解決に役立つ情報を無償で提供し続けることで、長期的な信頼関係を構築し、いざ購買のタイミングが訪れた際に「指名買い」される存在となることができます。
デマンドクリエーションを実践するためには、自社独自の視点や論点を明確にし、市場に対して発信していくことが求められます。例えば、業界の最新動向に関する独自調査レポートの公開や、成功事例・失敗事例の深掘り記事、あるいは専門家との対談コンテンツなどが有効です。
これらのコンテンツを通じて、見込み客に対して「この企業は業界の課題を深く理解している」という印象を与え、信頼残高を蓄積していきます。重要なのは、すぐにコンバージョンを求めず、顧客の学習と成長を支援するスタンスを貫くことです。

ダークソーシャルの存在は、従来のトラッキング指標に依存したマーケティングの限界を示しています。すべての行動を計測し、ROIを証明しようとする姿勢は、時に本質的な顧客との繋がりを見失わせます。
計測不能であっても影響力の大きい施策(コミュニティ形成、ブランド構築、質の高いコンテンツ発信など)へ投資するマインドセットへの転換が、これからのBtoBマーケティングには不可欠です。見えない場所で語られる自社の評判こそが、最終的な購買決定を左右する最大の要因であることを認識し、顧客との本質的な信頼関係構築に注力していきましょう。